【もしかして毒親?】毒親と次男・次女 愛情不足や毒兄・毒姉に悩むことも?!
親子問題と切っても切り離せない兄弟の問題。最近では毒親の他に「毒兄」「毒姉」という言葉も耳にするようになりました。上の兄弟が「小さい親」になり、親と結託して「毒化」することもあるそうです。親からのプレッシャーが軽度になる分、愛情不足などを感じることもあるそう。そんな「次男」「次女」が抱えやすいものを解説していきます。
次男・次女といっても「中間子」と「末っ子」でちょっと違う?!
一口に次男・次女といっても、さらにあとから生まれた兄弟がいる「中間子」と、兄弟間で一番年下になる「末っ子」で性格はちょっとことなるようです。
共通している特徴としては
・「要領がいい」か「まじめ」かでいうと「要領が良い」寄り
なところがあります。一方で
「中間子」は兄弟に挟まれて育つため
・面倒見がよく、周囲の顔色を気にしがち
になりやすいですが
「末っ子」は兄弟の中でも一番年下ということで
・甘え上手、人に頼ることが上手
になりがちだとか。
さらに性格の傾向を深掘っていくと、「中間子」は「兄・姉」としての立場と「弟・妹」としての立場の両方が求められるため、両者間でのバランス感覚が養われ、社会に出ても上下どの立場の人とも上手く接していけることが多いのだとか。ただ、周囲の顔色を気にしすぎて、だんだん「目立ちたがり」になるパターンと、自分を押さえ込みすぎて被害者意識が強くなるパターンとに分かれていくこともあるようです。
「末っ子」の場合は、上の兄弟に比べて「監視」や「教育」が甘くなりやすい傾向にあり、家族の中で「自分の要求は通りやすい」と思いこみやすいようです。その裏には「甘えたり、アピールをしたりしないと自分を認識してもらえない」という思いが生じることも。また、兄弟がたくさんいて「面倒を見てくれる、甘やかしてくれる人」が多い場合と、2人兄弟の末っ子とでも受ける影響は違います。2人兄弟の末っ子の場合、幼い頃から長子と比較されることで、長子、末っ子ともにプレッシャーがかかることもあるのです。
毒親×次男・次女の泥沼パターン
典型的なパターンでいえば、毒親の場合、兄弟それぞれへの愛情のかけ方のバランスが偏っているため、中間子・末っ子にとって「毒」であれば長子にも「毒」であり、ほかの兄弟が「毒化」することが多いもの。起こりうる問題について解説します。
2人兄弟で生まれる愛情のアンバランス「搾取子」と「愛玩子」
親も人間で、子どもの性格などにより接し方が変わってきてしまうのは当たり前のことですが、愛情のかけ方がアンバランスな場合、「毒親」の可能性があると言えるでしょう。兄弟がいる家庭における親から子への不平等をわかりやすく表した言葉に「搾取子」と「愛玩子」という言葉があります。親自身が子ども時代に愛情をもって接されず、大人になっても愛情不足を感じている場合や、パートナーとの関係でストレスを受けている場合に、その感情の穴を埋めようとして、子どもに強制的にその穴を埋める役割を任せようとする時、兄弟によって分担させてしまうのです。穴を埋めるための行動は「攻撃型」のものと、「防御型」のものがありますが、攻撃の対象とするのが「搾取子」、心の防御の対象とするのが「愛玩子」です。
【搾取子がされることの例】
・兄弟はしない家事を一方的に押しつけられる
・他の兄弟がもらえるもの(おもちゃやお菓子、酷い場合は食事)がもらえない
・自立してからも、給与を家に入れることなどを強要される
【愛玩子がされることの例】
・躾などをされず甘やかされる
・親の好みの洋服などを買い与えられる
・理想の生き方を強要される
次男・次女が「搾取子」となった場合、長子ばかりが褒められ、幼い頃から自己肯定感が低いまま成長することとなります。次男・次女の場合、「上のお下がりばかりだった」という話はよく聞きますが、金銭的余裕があるにもかかわらず、明らかに使えないようなものまでお下がりで賄うように言われていた場合、「搾取子」とされていた可能性もあります。また次男・次女が「愛玩子」となった場合、束縛をされ、成人後は自立を阻まれることもあります。また成長していく中で、愛玩子が反抗期を迎えたり、親の理想通りにならなかったりした時に、その立場が逆転することもあります。
長子が「愛玩子」だった場合、次男・次女は幼い頃から愛情不足を感じることとなるため、長子が自立などによってその立場から抜けた場合、その「愛玩子」の立場を目指してしまうこともあります。そして実家にもどり共依存に陥ったり、パートナーに愛情以上のもとを求めたりと、そのまま人生のバランスを崩してしまうことも。
また「愛玩子」の長子は「毒化」しやすく、大人になっても親と一緒になって、他の兄弟を貶めるような発言を繰り返すことがあります。他の兄弟は自立してしまえば問題ないのですが、自覚がなく、「親子だから」と中途半端に距離を保っていると、ライフイベントのたびに余計な口出しをされたりなどして自分の人生を楽しめなくなってしまいます。
参考文献
スーザン・フォワード(1999)『毒になる親』(玉置悟 訳)毎日新聞出版
高橋リエ(2019)『気づけない毒親』株式会社PHP研究所
信田さよ子(2008)『母が重くてたまらないーー墓守娘の嘆き』
五百田達成『不機嫌な長男・長女 無責任な末っ子たち』 Kindle 版